Q: 当社の取引先で、毎月の入金が遅れ気味でだんだん支払がなくなってきた取引先があります。当社は、毎月請求書を送り続けていましたが、全く反応がなく、最終の支払日から5年が経過したところ、先方から「5年が経過したので、弊社の買掛金は時効で消滅しました。時効を援用します。」という内容の内容証明郵便が送られてきました。当社は先方の時効消滅との主張を受け入れざるを得ないのでしょうか。なお、その会社との取引は令和2年3月末以前に行われていたものとします。
また、請求を諦めた場合に、税務上の損金処理をしたいのですが、問題はないでしょうか。
A:令和2年4月1日に民法が改正され、時効制度について起算点や時効期間などが変更されました。以下、旧民法下で発生した債権で、旧民法が適用される場合の時効の問題を中心としつつ、適宜新民法についても言及したいと思います。
旧民法では、債権の消滅時効期間は民法上、原則として権利を行使できる時から10年ですが、会社の債権のような商事債権については5年になります。さらに、工事請負代金債権は3年、卸売商人、小売商人の売掛金は2年、従業員の給料は2年など、個別に短期の消滅時効期間の定めがありますので取引類型ごとに注意する必要があります。今回は商事債権として5年の時効期間の事例を想定しましょう。
今回の事例では、相談企業としては、「毎月請求書を送り続けているので時効にはならないんじゃないか」と疑問を持たれる方も多いかと思います。しかし、法律上時効期間の計算を振り出しに戻す(時効中断 新民法では「時効の更新」といいます。)には、裁判所に訴えを提起したり、支払督促の申立をしたり、あるいは債務者自身が借金の一部を支払うなどして債務の「承認」をした場合など法律が定めた一定の事由を経なければなりません。
今回は、請求書を毎月送り続けておられるので「催告」という類型になりますが、これは6ヶ月間時効の進行が停止する(新民法では「時効の完成猶予」といいます。)だけで、その間に裁判を起こすなどしないと時効の進行を遅らせる効果はなくなります。みなさんよく誤解されますが、請求書を送り続けているだけでは、時効の進行を振り出しに戻す「時効の中断」(新民法では、「時効の更新」といいます。)としての効果はありませんので、通常の時効期間の経過により時効にかかるようになります。
つまり、請求書を送り続けていても相手が債務を支払ってくれなくて時効期間が満了しそうになった場合は、訴訟提起や支払督促などをしない限り時効が完成してしまうことになります。毎月請求書を送り続けて「催告」をしていることで時効が止まると考えておられる方が多いですが、それは大きな誤解ですので、気を付けてください。ご自身で判断がつかないときは必ず弁護士に相談してください。
なお、時効期間が経過したからといって必ず債権が消滅する訳ではなく、債務者が時効を援用する旨を債権者に通知して初めて時効消滅の効果が発生します。
時効にかかった債権の税務上の損金処理は?
では次に、時効消滅した債権は、税務上問題なく損金処理ができるのでしょうか。法律上は、回収が不能になった訳ですから、自動的に損金処理できるように思えますが、税法上はなぜ回収不能の事態に陥ったのかが大事なようです。例えば、一度請求書を送ったがその後支払がないので放置していたところ時効消滅した場合など債権回収に向けた努力を大してしなかった場合は、お金を無料であげてしまったという理屈で、貸倒損失ではなく寄付金とみなされる場合があるようです。もちろん、何度も請求書を送付したりして回収に向けた努力をしていた場合は、損金計上が認められる可能性が高いでしょう。貸倒損失として損金計上するためには、税理士さんや税務署と協議が必要ですが、それまでの債権回収過程がとても重要になりますので、その点については弁護士と早めの相談をしておかれるとよいと思います。
新民法の時効制度について
平成29年6月に民法が約120年ぶりに大改正され、令和2年4月から施行されました。今回のお話しで関係があるところは、時効の点です。大きな改正点としては、まず、①職業別の短期消滅時効や商事債権が廃止され、時効期間や起算点は殆どの債権で統一がなされました(例外は不法行為債権や人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権等)。
そして、②殆どの債権の時効期間と起算点は、「権利を行使することができる時」から10年間(客観的起算点)、または、「権利を行使することができることを知った時」から5年間(主観的起算点)の経過により時効が完成することになりました。ビジネス上発生した債権は、支払日が決められていて、その支払日が到来したことは債権者には当然分かるでしょうから、支払日から5年で時効にかかるケースが多くなると考えます。
また、③時効の「中断」と「停止」の制度がなくなり、新たに時効の「更新」と「完成猶予」という制度が導入されました。新旧どちらの制度も、時効の計算が振り出しに戻るのか、いったん進行が止まっているのかという違いですが、単に呼び方が変わっただけでなく、「更新」となる事由や「完成猶予」となる事由が、旧法の「中断」。「停止」とは若干相違が出ております。
では、この新民法はいつの取引から適用されるのか、皆さんは気になると思います。これについては、ごく単純化して申し上げますと、契約の締結日が新民法の施行日である令和2年4月1日より前か後かによって区別することになります。例えば、契約は令和元年に締結したけど、仕事が完成して報酬請求権が発生したのが令和2年4月1日以降であった場合は、契約の締結が新民法施行日以前なので、旧民法が適用されることになります。
弁護士 岩田杏子